Vol.176 旧約聖書続編『マカバイ記一』を読んで


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 今朝、旧約聖書続編『マカバイ記一』を読み終えた。
 

 しかしながら、目を通したのは一章から六章までが12日の朝、七章と八章が同日夕、九章が同日夜、一〇章から一二章が翌13日午前、一三章から一六章までが15日(今朝)ということで、まさしくぶつ切りの状態。内容を理解したとは言い難い。
 読んでいて、印象に残った箇所は二章49から68節までに記されたマタティアの遺言と、父のマタティアに代わって立った息子のマカバイと呼ばれるユダがセロンを撃つ三章17から26節の場面であった。

 以下は余談。
 今日の午前中は例によって、清掃奉仕のボランティアでした。
 

Vol.175 佐々真利子さんの法話を読んで


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 前回の更新(Vol.174)からの続きで、「聴聞のページ(ご法話のページ)」にある佐々真利子さんの「お念仏は大きな海 他20話」から僕の心に響いた法話を引用しつつ、読んだ感想を(参照)。

 「先に出てる」
 あるお方から、「あなたがおっしゃる”わるうても先に出てるでしょう”と、云われることが理解できません」と、お便り頂きまして大変有り難く、今日までのことを振り返って考えさせて貰いました。
 四十五年前、小児マヒの不具な身体の上に脊椎カリエスに罹り、事実が私に都合悪くても、私の分別意識以前に、先々に出て来て始末がつかなくなって困り果てたのです。 勿論私なりに出て来る事柄を努力して私に都合の善い様にして来たと思っていた時代もありました。それで問題なかった時はそれで良かったのです。
 でも問題になって来たのは、次々に出て来る事柄が私の思いに反し、又努力しても私の力や分別で何ともならなくなった所に問題となり、苦悩となったのです。
 其処は、私という者が全く用をなさない地獄の真っただ中でした。而も、地獄絵の通り青鬼、赤鬼が容赦なく責めたてるように、罪悪に責められ、煩悩は火と燃えるのです。その地獄の底でのた打ち廻っている時初めてお念仏となって、「悪うても先に出てるでしょう、あなたの都合で活動してる世界ではありません、他力の世界です。訳はあなたに解らなくても脈々と大法界、他力の世界は無量寿・無量光に活動している世界です。解らなくてもそうなのです。お他力です。」との仰せがとどいて下さったのです。
  決して私が解って、解ったのではありません。私の分別意識も、常識も間に合わない、全く地獄のその下でお待ち受け下さって、お念仏となって、一切他力だとお引き取り下さったのです。今振り返るとそういうことでございました。
 仏様を上の方に祭り上げて、私を助けて下さい、出て来た現実を、私の分別常識で考えている善いこと、幸せと入れ換えて下さいと、拝んでいた間は遠い仏様でした。私には全く何の解決も出来なくなった所にお念仏さまが口を割ってお出まし下さって、地獄の底までお迎えに来て下さったのです。ただただ”なむあみだ仏”でございます。南無阿弥陀仏

 「お救い」
  たのめとは 助かる縁のなき身ぞと 教えて救う弥陀のよび声
 というお歌がございます。私は、「助かる縁のなき身」ということと、「救う」の内容が解りませんでした。私が考えていたものと違っていたのです。
 救いとは、常識的に上へ、上へとあがってゆく救い、救い上げて貰うものと思っていました。ところが、仏法のお救いは、お念仏の世界のお救いは、仏さまのお手の中から迷い出て、大分高上がりして困っているので、一段一段おろして、仏さまのお手の中まで帰してくださるお救いだったのです。
 私はそのようなことは解らず、今のこの場が嫌いで、この場を私は好きな気にいるようにしよう、私の力で出来ないなら、神・仏様にお願いして私の都合のよい場と入れ換えて貰おう、この場から救い上げて貰おう、そうすると楽になるかのように思っていました。それがお救いだと思っていたのです。
 ところが、上がると又落ちる、一つ解決ついても又他の苦悩が出て全く始末がつかないのです。それを「助かる縁のなき身」と仰せられていたのでございました。
  散る桜 残る桜も 散る桜
 自分だけでは散りたくない、恐い、としがみ着いてるその地獄の下から、「残る桜も散る桜やぞ、助かる縁は無いよ、個人の自由は無いよ、”なむあみだ仏”と親の名をよびなさい」と、親様は地獄の下にお待ちくださって喚んでいられたのでございました。勿体ないことでございます。
 それを上に向かって索していたのでおよび声に遭えなかったのでございます。
 ”なむあみだ仏”お念仏称えさせて貰ったことが、私の助かる縁がなかったことを教えて頂いた証拠であり、阿弥陀仏のおよび声がとどいてくださったことだったのです。個人の救い、私の勝手気ままに救われる所が全く無くなったら、一切大法界、お他力のお働きが脈々と、無量寿・無量光に止まることなくご活動くださっていたのでございました。正遠先生は、
  咲いて散り 咲いて散りつつ無量寿の ここはまことに寂光土かな
 と、ご讃嘆なさっていられます。南無阿弥陀仏

 上の文章(法話)を読んだ際、その中に出てくる「助かる縁のなき身」とは、まさしく僕のことだと思わざるを得ませんでした。僕の人生において、苦難を解決しても、また次に試練がやって来て、苦しみ深く、今はほとほと疲れています(人前では明るく、独りなると滅入ってばかり)。
 そして、馬齢を重ねるたびに、つくづく自分は無力だ、と。

 以下は余談。
 明日という日を迎えるにあたって、ふさわしい話題でした。
 下の写真は円空さんが書いた六字名号(南無阿弥陀仏)です。
 


Vol.174 藤原正遠さんと佐々真利子さんの法話を読んで


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 前回の更新(Vol.173)からの続きで、話題に取り上げた「聴聞のページ(ご法話のページ)」に「彩雲院 釈 正遠師 南無阿弥陀仏の明け暮れ」と並んで、「佐々真利子さん 念仏ひとり遊び 他」というページ(参照)があり、それを引用しつつ、読んだ感想を。

 「念仏ひとり遊び」
 私事で恐縮でございますが三月十三日は十八年前八十三才で亡くなった母の祥月命日でございます。私は六人兄弟の末っ子です。二つの時小児マヒになりまして、体中ぐにゃぐにゃになった私を「どの程度まで治るか医学では何とも云えない」と、六十年前に診断された時の母の愕きはどんなだったでしょう。それからの母は命がけで神仏に祈願し、少しでも良いと聞けばどんなことでもしてくれた様です。
 どうにか這いずり廻りながら自分のことだけは曲がりなりにも出来るようになったのですが、母は自分が死んだ後が心配になったのです。兄達の厄介になるんだがその家庭まで乱させてはならん。それには僻まんように育てなければと思ったそうです。私が物心ついた時母が云うんです。「お前は不具者なんだ片輪者なんだ、だから何かと人様のお世話になるのだから感謝の気持ちを忘れてはならん。又片輪者は人様には物珍しいのだから後指をさされるかもしれん、お前も物珍しいものは見たかろう、それと同じことだから気にせんでいいんだよ」と聞かされました。
 それでいて人様が振り向かれると母は悲しい顔をするのです。私は何かとっても親不孝してる様でその方が辛うございました。今そんなことを娘に云わなければならなかった母の悲しさを心に痛く感じます。
 又自分が死んだら話し相手がなくなるのではないかと心配した母は、一切の親様である阿弥陀仏と何でもお話しできるようになるようにと、お手次であるここ光源寺様や方々のご法座に連れて行ってくれたのです。それが恩師藤原正遠先生に三十七年もご慈育頂き、今に何かとお教え賜るご縁となったのです。
 正遠先生のお歌に
  念仏とひとり遊びのできること これを大悲とわたくしは云う
 とございますがお陰様でこのお歌を有り難く頂けることを嬉しく思います。南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏

 前記「生まれて来てよかった」の始めの原稿、従ってこの原稿は(没とした原稿)
 散り急いだ桜の花のあとに、草木の新芽がすがしく伸びてゆく命を目に見せ心に感じさせて下さるこの頃でございます。皆様も希望に燃えてご活躍のことと思います。
 然し私は不具者ですので万物が生き生きとなればなる程、一体私は何の為に生まれて来たのか、世の為人の為どころか、自分自身を持て身体で、私の人生は何なのか、生まれて来て良かったと思う日が一日でもあるだろうか、人生の意義って何だろうか、と思い悩んだことがございます。そしてその答えは仏法様にあるようにおもいまして聴聞致しました。幸いの遇い難い師 藤原正遠先生にご縁を頂きました。
 先生から『訳が解ってお念仏するのではない、苦しく悲しく、自分で自分が始末つかなかったら、身も心も生んで下さった親を「お母さん」と呼ぶように、万物の親でまします阿弥陀仏が「我が名を称えてくれ」と喚んでいらっしゃるから「南無阿弥陀仏」とお念仏なさい、訳は仏様の方におありになるのです』と、お教え頂きました。私はなかなかそれが信じられず、お念仏が称えられませんでした。何か「これだ」というような人生の意義があるのではないか、と心密かに思っていました。
 処が仰せの通り、訳は仏様の方におありになったのでしょう。私の思い以前に先に先に善い事も悪い事も出てくるのです。
 正遠先生のお歌に
  来し方も亦行く方も今日の日も我は知らねどみ運びのまま
 とございますが、一切はみ運びだったのです。人生の意義なんて私の方には無く、訳は解らなくても仏様の方に何か訳がおありになるのでしょう。私のような者にもみ運びのお命の中に仏様のお与えのご用がすむまで、一息一息をつかせて貰ってることをお教え頂き、生まれて来てよかった、生きていて良かった、と有り難く嬉しく思っています。皆様にはご迷惑おかけしますが、どうぞよろしくお願い申しあげます。南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏

 上に引いた2つの文章(法話)を読むと、藤原正遠さんと佐々真利子さんは素晴らしい師弟関係にあったようで、実に羨ましい。
 さらに僕の心に響いた佐々真利子さんの文章(法話)を引用しておきたい。

 「苦悩の根本」
 お恥ずかしいことでございますが、私は色々の事が気になり苦悩します。それでその苦悩の本を考えてみますと、あの人がああしたから、あれをこうしてくれたら良いのに、と自分以外のことを原因だとしているのです。
 処がよく考えてみますと、私を出発とし、中心としてる所から苦悩が始まっているのです。私に都合がわるかったのです。それで先方を私の都合のよいようにしようとするのですがびくとも動きません。先方を責めると、反発され嫌われます。こちらの苦悩は深まるばかりで、持って行く所がありません。
 そんな私の口から「なんまんだ仏」とお念仏さまが流れ出て下さって「お前は自分を中心にして苦悩してるが、お前自身で生きてるのでないのだよ、毛筋一本もお前の自由にはならないのだ、一つでも自分の思い通りにならない事があればそれが証拠なの。そうすると、思い通りになってもそれも大法界のご活動なんだ。解るかね、解らんでもそうなんだよ」というお声が聞こえて参りました。
 浅原才市様のお歌に、「私は善いことがあれば迷う、善いことがなくて仕合せなんまんだ仏」と、ございます。
 真にお念仏は私個人の根を切って下さって、大法界へ帰し摂取してそこから一切のものを見せて下さるのです。そうすると一切のものが矛盾なく、狂いなく活動していたことが教えられ安心させて下さるのです。
 相変わらず事に触れ、折に触れて泣いたり、笑ったり苦悩したりです。それがそのまんま大法界のご活動だったのです。でも苦悩は苦悩ですので大法界から大悲のみ親は「なんまんだ仏」と、お念仏となって抱いて下さるのです。
 今日も心痛いことがあってお念仏様が流れ出てくださいました。南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏

 「聴聞のページ(ご法話のページ)」には、佐々真利子さんの「念仏ひとり遊び 他」と並んで、「お念仏は大きな海 他20話」もあり、長くなることから、次回の更新で。

 以下は余談。
 今日の午後はお地蔵様の赤い頭巾と前掛けを新しくしました。
 

Vol.173 一宮円空会で学んだ藤原正遠さんについて


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 昨日の一宮円空会で、下の写真にあるようにテキストとして、藤原正遠さんについて学びました。
 


 最初に、少し長い前置きになりますが、出典に関して記しておかなければなりません。
 藤原正遠さんについて、僕は知らなかったことから、帰宅後、インターネットで検索したら、「阿弥陀様がごいっしょです」と題されたホームページ内に「聴聞のページ(ご法話のページ)」があり、その中のひとつに「彩雲院 釈 正遠師 南無阿弥陀仏の明け暮れ」というページを見つけた。
 そこには「光源寺テレホン法話 真宗大谷派 浄秀寺 藤原正遠師 法話 掲載の法話は石川県の真宗大谷派浄秀寺の藤原正遠師が、長崎県の光源寺テレホン法話で話された内容を正遠師の許可を得て掲載しているものです」との説明があり、「四分六分の道~カボチャとすいか(39KB)」「とんぼ安心~念仏成仏是れ真宗(29KB)」というタイトルの文章(藤原正遠師の法話)が掲載されていた(参照)。
 以下はそれ(法話)を引用しつつ、読んだ感想を。

 「ご安心」
 私は若い時から、ただ心の「安心」一つが欲しかったのです。そうして今はお念仏の摂取をいただきまして安心させてもらっております。
 それは単なる個人の安心ではございません。有限の個人の安心は「賽の河原」でありまして、私の安心は有限の安心あるいは不安心をそのまま摂取して下さるところの大法界の安心でございます。
 念々、心の安らかな日もございます。また、まことに手のつけられぬ不安心、苦悩の日もございます。天気のようなものでございます。それをそのまま摂取して下さっている南無阿弥陀仏のお慈悲でございます。
 まことに、お念仏は、身も心も生み出して下さった母親をしたう子供の心でございます。子供は困れば困るほど母親を呼ぶように、実は母親が摂取に来ているのでございます。お念仏もそれと同じく、私が称えますが、実は大宇宙の大生命の根元の南無阿弥陀仏さまが、困れば困るほどご摂取に来て私にやすらぎを与えて下さるのでございます。
 ご摂取にあった私は万物がすべて阿弥陀仏のご活動体からの所産と見える眼をもらい、私はお陰さまで大安心をいただいております。
  来し方も 又行く方も 今日の日も われは知らねど み運びのまま
 は何も知りませんけれども一切が仏さまのお運びのままという歌でございます。
  生きるものは 生かしめ給う 死ぬものは 死なしめ給う われに手のなし 南無阿弥陀仏
 一切が南無阿弥陀仏のお運びでございます。これは三十年前の私の歌でございますが、今もまったくこの通りのご安心で念々一日一日生活をさせてもらっているのでございます。真にありがたいことでございます。南無阿弥陀仏

 「とんぼ安心」
 今日も又「親のこころ子のこころ」の中の『とんぼ安心』というところを読ましていただきたいと思います。
 これは、ある人の手紙でございますがそれを読んでみます。
 「ご無沙汰いたしています。いつもご教化ありがとうぞんじます。私はいつも『とんぼ安心』で救済されています。数年前当地にお越しの折りに聴聞させていただいたのです。
 先生はこうおっしゃいましたね。
 「とんぼがガラス戸に頭をぶっつけて外に出よう出ようとするが、とんぼの頭ではガラス戸を破ることが出来ない。とうとうとんぼは力尽きて死んでしまう。一生懸命に頭をぶっつけている時に後ろから仏さまが、阿弥陀さまがよんで下さる。後ろに広い世界があるよ。向きをかえなさい。
 とんぼは言う。私には後ろの世界が分かりませぬ。向きをかえることも出来ません。
 阿弥陀さまは仰せになる。そんなら私の名前をなむあみだ仏と呼びなさい、呼べば必ず向きがかえられる。
 とんぼは仰せのままにお念仏をしたら不思議に向きがかえられて、こんな広大無辺の世界のあることが知られた。
 お念仏を申すと、こんな効用(ご利益ですね)のあるものですよ」と、あれから私は四苦八苦している時に、ふっと先生の『とんぼ安心』のお話を思い出すのです。すると私の口から自ずからお念仏が流れて下さいます。
 そうして私はいつも方向を転換させてもらっています。私の身の上のこと、あるいは心の上に起こること、他人様のことなどで私が苦悩する時、私はいつもお念仏があらわれて下さって、私はいつも方向転換させてもらって私は救済されています。
 「念仏は無碍の一道」と仰せになることはこのことと了解させてもらって、ほんとうにありがたい、ありがたいお慈悲でございます。あれからお聖教を拝読いたしましてもその内容が了解されてくるのでございます。まだあとが続きますが、時間が来ましたのでこれだけにいたします。南無阿弥陀仏

 僕は少なからず法話を耳にしていますが、藤原正遠さんの法話は飾り気がなく、浄土真宗の香りがして、次々と聴きたくなる(読みたくなる)というのが第一の感想でした。

Vol.172 マクグラス著 本多峰子訳『旧約新約聖書ガイド』を読んで


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 昨夜からマクグラス著・本多峰子訳『旧約新約聖書ガイド』(教文館)を読んでいます。
 下の写真が表紙で、今朝は「第1部 序論」を読みました。
 

 『聖書』に関しての初歩的なことで、聖書の二重著者性については理解していたけれど、聖書の形成過程において、「ユダヤ人もキリスト教徒も自分たちの聖書の中身を、3つの基準で吟味した。第1が、霊感の基準である。(中略)第2に、つながりの基準がある。(中略)。第3に、受容の基準がある。(本書22ページ)」とあり、特に第2の基準について僕ははっきりと理解しておらず、改めて教えられた。
 さらに「正直に認めると、聖書を読んで理解するのは、たやすくない時もある(本書26ページ)」とあって、「聖書を読んだり理解したりしようとする時に大切なのは、自分が1人ではないということを忘れないことだ(本書26ページ)」というメッセージは、それこそ今の僕に大切なことを教えてくれた。

 以下は余談。
 今日の午後は長谷川公茂先生が講師を務める一宮円空会へ顔を出しました。
 

Vol.171 JRAオリジナルカレンダー2019


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 昨日の朝はウインズ名古屋へ行き、JRAオリジナルカレンダーをゲット。
 下の写真がそれで、僕はもう何年も前からずっと愛用しています。
 

 次に名古屋市内を走って、丸栄の壁面にあるモザイク(タイル画)をじっくりと目にしました。
 少し前の更新(Vol.139)で、名古屋中央教会と中日ビルのモザイク(タイル画)を取り上げたことから、丸栄のそれについても、忘れずに触れておきたい。
 下の写真がそれで、丸栄は閉店してしまいましたが、僕にとっては東郷青児のエレベーターの扉絵が印象深い場所でした。
 

 午後からは某所にて、昨日と同様、少しばかりのお手伝いをしました。
 下の写真がそれで、ペーパーカッターでカットしたそれはどうやら今日、使われるらしいです。
 

 以下は余談。
 この先の人生において起こる悪いことが今日、確定した。僕の人生は苦しみと嫌なことばかりの連続で、それでも「生かされている」のは、なぜなんだ?

Vol.170 言葉よりも行動で


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 昨日の午前中は清掃奉仕に励んできました。
 下の写真がそれで、今回が8回目となりました。
 

 午後からは下の写真にあるように別の場所へ向かい、別のボランティア活動に従事しました。
 

 先月と同様(Vol.144)、1日に2つの掛け持ちとなりました。

 以下は余談。
 休日にボランティア活動に励むなんて、ずいぶん余裕があるんだな、といった誤解を受けるといけないことから、一言付け加えておくと、今の僕は深い苦しみの渦中にあるからこそ、奉仕(善行)に励んでいるのです。果たしてそれを分かってくれる人はいるのだろうか。