vol.1923 伊賀市中心市街地にて


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 昨日は伊賀市と甲賀市へ行きました。
 久しぶりに名阪国道を走り、中瀬インターで降りて、伊賀市の中心市街地に到着。
 伊賀上野観光インフォメーションセンターで配布中の歴まちカードをゲットしようと思っていたのですが、午前9時前だったことから、まだ閉まっていました。
 イオン伊賀上野店へ向かい、大内山牛乳の瓶牛乳を購入。
 

 以前の更新で書いたとおり(vol.1908、vol.1910)、紙パック製品は既に飲んでいたのですが、味に違いはなくても、どうしても瓶牛乳が飲んでみたい、と。
 次に少し歩いて、北川牛乳店へ行き、下の写真にある店頭の冷蔵ショーケースから取り出した瓶牛乳を購入。
 

 伊賀市の中心市街地では、他にもスーパーの「ぎゅーとら」や「とれたて市ひぞっこ」で買い物をしたり、伊賀上野城を遠望したり、伊賀鉄道の上野市駅(忍者市駅)にて、忍者列車を目にしました。
 伊賀市の中心市街地を離れて、次の目的地へ向かいましたが、続きは次回の更新で。

 以下は余談。
 伊賀市の中心市街地を訪れたのは、今回が初めてだと思いきや、調べたところ、10年以上前、三重県伊賀庁舎や上野公園に足を運んでおり、すっかり忘れていました。さらに言えば、伊賀市よりも遠方の三重県名張市、京都府相楽郡南山城村、奈良県山辺郡山添村へバイクでツーリングに行きましたが、今となっては自分でも信じられません。

vol.1922 星合信令の観音像 愛西市内佐屋町五反田


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 先月上旬、久しぶりに信令先生の観音像に会ってきたことを書きました(vol.1907)。
 その後、しばらく忘れていたのですが、ふと思い出したことから、尾張旭市のホームページ内にある「星合信令作の交通安全観音」のページを目にしたところ、「愛西市内佐屋町五反田」が表記されていることに気が付きました。
 ということは、おそらく地元の人たちが尾張旭市に報告したのだろう。ということで、僕のブログでも、ようやくこうして紹介することができるようになりました。
 

 時系列が逆になってしまいましたが、補足すると、愛西市の内佐屋交差点に信令先生の観音像が建立されていることは、尾張旭市よりも早く、一年以上前から把握していました。
 ですが、観音像に隣接して数件の住居があり、ブログに書いてしまうと、ひょっとしたら、見学者がやって来て、写真撮影等で、地元の人たちにご迷惑をお掛けするかもしれないと思い、公表を控えていました。
 さらに当時、観音像と隣接する住居にお住まいの方へ尾張旭市の(信令先生に対する)取り組みについてお伝えしました。さすれば、いずれ尾張旭市の担当者の耳に入るだろう、と。
 そして、尾張旭市のホームページに掲載されたならば、僕のブログに記載しても、地元の人たちにご迷惑をお掛けする心配がなくなりました。
 とにもかくにも、また新たに一体の信令先生の観音像を自分で発見できたことを嬉しく思います。

 以下は余談。
 信令先生の観音像に関して、ブログには東海3県で建立された像だけを記載しています。しかしながら、東海3県以外の地方にも、観音像は多数が建立されており、そうした観音像を既に発見しているのですが、上記のような理由で、ここに書けないのが残念です。

vol.1921 茅野市と岡谷市と南箕輪村のマンホールカード


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 前回の更新(vol.1920)からの続きで、過日(27日)は長野県へ行きました。
 諏訪郡下諏訪町と諏訪市を巡った後、次に茅野市へ入り、八ヶ岳乳業の本社前を通った後、JR茅野駅へ向かいました。
 茅野駅ビル「Mont-8(モンエイト)」内にある茅野市観光案内所で、マンホールカードと生糸商標カードをゲット。
 

 正午を過ぎたことから、往路はここまでとして、岡谷市へ戻り、諏訪湖沿いを走って、岡谷市役所で、マンホールカードをゲット。
 

 県道14号線(下諏訪辰野線)を南下して、辰野町役場へ行き、災害伝承カードをゲット。
 

 少し前の更新(vol.1893)にて、「配布カードは全部で10枚のはずが、数えたところ9枚しかなく、「赤羽災害伝承碑」(辰野町)のカードをゲットできていませんでした(機会を見つけて、もう一度、足を運びたいと思います)」ということで、ようやくコンプリーできて、安堵しました。
 さらに伊那中部広域能動を南下して、道の駅大芝高原味工房で、南箕輪村のマンホールカードをゲット。
 

 権兵衛トンネルを通り、国道19号線を南下して、帰途に。
 今回の長野県ドライブは走行距離が400キロで、所要時間が13時間でした。

 以下は余談。
 今日(2日)、防災庁が発足する。デジタル庁やこども家庭庁の二の舞にならないことを祈るばかり。

vol.1920 災害伝承カードと峠の釜めし本舗おぎのや諏訪店


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 前回の更新(vol.1919)からの続きで、過日(27日)は長野県へ行きました。
 諏訪市内を巡り、JR上諏訪駅構内にある諏訪市観光案内所と豊田終末処理場で、マンホールカードをゲットする間に諏訪合同庁舎へ向かい、災害伝承カードをゲット。
 

 諏訪市へ来たことから、峠の釜めし本舗おぎのや諏訪店に立ち寄り、昼食を食べて、売店でお土産を購入。


 駅弁大会で購入して食べる峠の釜めしは製造がおぎのや諏訪店になっていることから、どんなところで作られているのかを知りたくて、ぜひとも一度、足を運んでみたいと思っていました。
 続けて、茅野市へ向かいましたが、別の話題となることから、次回の更新で。

 以下は余談。
 今朝、起きて、窓の外を見たら、辺り一面、霧で白くなっていた。このところ、こうして長野県へ足を運んでいるが、夜明けに国道19号線を走っていたら、道路情報板に「長野県木曽地域濃霧注意報発令中」とあり、霧の中を走っていたことから、季節は秋から冬へと移り変わっているのだな、と。

vol.1919 間欠泉と諏訪市のマンホールカード


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 前回の更新(vol.1918)からの続きで、過日(27日)は長野県へ行きました。
 諏訪郡下諏訪町内を巡った後、次に諏訪市へ向かいました。
 諏訪湖沿いの道を走って、諏訪湖間欠泉センターへ立ち寄りました。
 

 僕は今までに間欠泉をテレビなどの映像でしか見たことがありませんでした。
 こうして間欠泉を初めて目にして、2014(平成24)年の秋に御嶽山が噴火して、火山の噴煙を初めて目にしたことを思い出しました。
 実際に一度でも目にすることができて、よかったです。
 続けて、JR上諏訪駅構内にある諏訪市観光案内所で、マンホールカードと生糸商標カードをゲット。
 

 さらに豊田終末処理場で、マンホールカードをゲット。
 

 引き続き、諏訪市内を巡りましたが、別の話題となることから、次回の更新で。

 以下は余談。
 このところ、急に涼しく、というか、朝晩は寒く感じる。寒いのが大の苦手な僕には、辛い季節が近づいてきた。

vol.1918 下諏訪町のマンホールカード


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 前回の更新(vol.1917)からの続きで、一昨日は長野県へ行きました。
 下諏訪町を訪れて、万治の石仏を拝んだ後、少し歩いて、おんばしら館よいさで、マンホールカードをゲット。
 

 次に諏訪大社下社秋宮を参拝後、しもすわ今昔館おいでやで、マンホールカードをゲット。
 

 

 しもすわ今昔館おいでやで、生糸商標カードをゲットし損ねました。
 さらに下諏訪駅へ行き、駅に併設されている下諏訪観光案内所で、マンホールカードをゲット。
 

 続けて、諏訪市へ向かいましたが、別の話題となることから、次回の更新で。

 以下は余談。
 昨年と同様(vol.1787)、今年も拙宅の庭にて、鉢植えで育てているクヌギの木にドングリが実りました。
 

 僕の中では、どんぐり銀行は終わっておらず、払い戻しで届いたクヌギはこうして今も育っていて、今年で6年目となりました。

vol.1917 万治の石仏と岡本太郎揮毫の石碑


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 昨日は長野県へ行きました。
 いつものように国道19号線を北上。
 国道19号線を最後(終点)まで走ったことがなかったことから、塩尻市へ向かい、引き続き国道20号を走り、岡谷市を経て、諏訪郡下諏訪町に到着。
 

 上の写真にあるように諏訪大社下社春宮を参拝後、少し歩いて、万治の石仏に会ってきました。
 

 僕の大好きな岡本太郎が絶賛したということで、ずっと以前から一度、拝んでみたいと思っていました。
 もちろん忘れずに岡本太郎揮毫の石碑も目にしました。
 

 さらに下諏訪町内を巡りましたが、別の話題となることから、次回の更新で。

 以下は余談。
 岡本太郎の話題は実に久しぶり。川崎市岡本太郎美術館は改修工事中(2029年3月末まで)で、それが終わったら、足を運べるとよいのですが。