vol.1548 元祖森名物いかめし阿部商店おかき


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 前回の更新(vol.1547)からの続きで、昨日の午前中は名古屋市中区にある4箇寺を巡拝した後、松坂屋名古屋店と中日ビルへ向かいました。
 はじめに松坂屋名古屋店へ行き、本館8階(RF)にある屋上庭園のソラテラスを歩きました。
 

 僕は子どもの頃、大阪で過ごしましたが、松坂屋名古屋店の屋上庭園と屋上遊園は名古屋で生まれ育った人は子どもの頃に一度は足を運んだ場所であろう。
 

 続けて、本館7階の大催事場で行われていた「初夏の大北海道物産展」へ足を運んで、北海道森町のいかめし阿部商店にて、おかきを購入。
 

 いかめしは食べたことが何度かあるのですが、おかきは食べたことがなかったことから。
 

 世間はゴールデンウィークでも、僕には北海道へ遊びに行く経済的余裕はありません。付言すると、先月下旬、内閣府の「社会意識に関する世論調査」によれば、「経済的なゆとりと見通しが持てない」と答えた人が最も多かったという。
 次に新しくなった中日ビルへ向かい、ビル内を見物して、7階にある屋上広場からの景色を目にしました。
 

 調べたところ、前回、中日ビルへ足を運んだのが、閉館当日の2019年3月31日でした(vol.257)。
 最後に正午を過ぎたことから、栄の南大津通歩行者天国を歩きました。
 

 午後からは月に一度の聖書通読会に参加しました。
 

 以下は余談。
 立憲民主党はたかが補欠選挙を「完勝した(泉代表の談)」くらいで、現実は相変わらず野党のまま。負けたとしてもどこ吹く風だから、岸田首相は予定どおり外遊に行ったのであろう。言わずもがな、能登半島はほったらかし。

vol.1547 成田山萬福院、玉琳山天寧寺、稲園山七寺を巡拝


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 今日の午前中は名古屋市中区にある成田山萬福院、玉琳山天寧寺、稲園山七寺の3箇寺を巡拝しました。
 はじめに成田山萬福院を参拝しました。
 

 萬福院内不動尊信仰会が1958(昭和33)年に発行した『解説不動明王』を持参して、寄進させていただきました。
 

 萬福院は東海三十六不動尊霊場の11番札所であることから、三十六童子御影札を授かりました。
 

 東海三十六不動尊霊場の説明等については、過去の更新で何度か取り上げていることから、割愛します。
 次に少し走って、玉琳山天寧寺を参拝しました。
 

 天寧寺が過去に作成した「三宝大荒神のご案内」を持参して、寄進させていただきました。
 

 お庫裏様から「お礼にこれを」と手ぬぐいを頂戴しました。
 

 最後に稲園山七寺を参拝しました。
 

 七寺は東海三十六不動尊霊場の9番札所であることから、三十六童子御影札を授かりました。
 

 3箇寺を巡拝した後、次の目的地へ向かいましたが、別の話題となることから、次回の更新で。

 以下は余談。
 上記3箇寺の他にも、28日だったことから、大須観音を参拝して、骨董市を見物しました。
 

vol.1546 マルテンのローメンコ


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 少し前の更新(vol.1540)で、子どもの頃、牛乳キャップを代用して、メンコ遊び(ベッタン)をした、という話題を取り上げました。
 下の写真は正真正銘のメンコで、マルテンのロー面子(メンコ)です。
 

 いろんな絵柄があるけれど、僕は画面左上から鉄腕アトム、鉄人28号、スーパーマンの3種類しか知りません。
 調べてみたのですが、分からない絵柄がいくつかあって、全部知っているよ、という人がいたら、教えてほしいです。

 以下は余談。
 昨日、某所にて、下の写真にあるタケノコを見つけました(写真を撮影しただけで、採集はしていません)。
 

 アク抜きすれば、食べられるんじゃね、と思いました。

vol.1545 紅白のツツジの花びら


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 拙宅の庭でも、ツツジの花が満開になっています。
 昨日、某所にて、花びらの真ん中から白い色と赤色(ピンク色)の二つに分かれて咲いている紅白のツツジの花を見つけました。
 

 目にした際、何となくおめでたいといった気持になった半面、素人ながら、おそらく遺伝子のなせる業だろうと思うと、不思議というか、不気味というか、自然の摂理について、ふと考えました。

 以下は余談で、近未来のニュース。
 ニュースを見聞きすると、円相場は155円台後半まで値下がり、と騒いでいるけれど、このまま自公政権が続けば、いずれは1ドルが180円になっていたりするのではないのか。円が紙屑同然になり、円安が悪であるのは明らか。消滅可能性自治体のニュースも何ら驚くに値しない。このブログで何度も書いているけれど、少子化対策は何をしても、もはや手遅れだから。
 能登半島地震の被災者の姿は、そう遠くない未来の日本国民の姿を鏡に映しているように見えてならない。さらに言えば、今後、我が国においては、食糧問題と多死社会(孤独死、あるいは孤立死)が最大の社会問題となるであろう。

vol.1544 東文研の『美術研究』


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 昨日、東京文化財研究所の刊行物である『美術研究』の第435号と第442号に収録されている論考の抜刷を執筆者様より拝受しました。
 例によって、抜刷には執筆者様のサインを書いていただきました。
 併せて、東京文化財研究所が刊行したリーフレットも拝受しました。
 

 文末になってしまいましたが、この場を借りて、お礼申し上げます。

 以下は余談。
 昨夜は午後10時過ぎに就寝。今朝は午前4時過ぎに起床。日の出の時間が早くなり、朝日を浴びながら、これを書いています。

vol.1543 住職と語らう 方丈の会


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 今日の午前中は名古屋市昭和区にある八事山興正寺を参拝して、今月から新講座として開講した「住職と語らう 方丈の会」の初回講座に参加しました。
 

 

 西部ご住職様と職員のK様のお二人とお会いして、以前にお世話になった際のお礼をお伝えすることができました。 
 講座では、「話に花が咲いたあとは、お茶の時間も楽しんでください」とのことで、下の写真は法話の後に頂戴したお抹茶です。
 

vol.1542 「お水取り」展特製散華を授かりました


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 先月下旬まで東大寺ミュージアムにて、特集展示「二月堂 修二会を支える法会空間」が行われており、それと並行して、奈良国立博物館においても、特別陳列「お水取り」展が開催されていました。
 両展を併せて観覧すると、「特製散華をプレゼントいたします」となっており、それが下の写真で、昨日、縁あって、授かりました。
 

 僕はいろいろな法要に出席することがあり、その際にいくつも散華を授かります。
 

 持ち帰った散華をお守りにしたり、部屋に飾る人がいると聞きましたが、僕は封筒に入れて保管しています(コレクションはしていません)。

 以下は余談。
 例年と比較して、体調はそれほど悪くないというのに、今年に入ってからというもの、低空飛行が続いています。 

vol.1541 リメ缶・リメ瓶


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 前回の更新(vol.1540)と関連した話題で、牛乳瓶のフタ(牛乳キャップ)について触れた後、「やがては牛乳瓶を手にすることもなくなるのだろう」と書きました。
 下の写真は自室のインテリア雑貨として飾っている牛乳瓶です。
 

 表題の「リメ缶・リメ瓶」とは、空き缶や空き瓶をアレンジして再利用することで、数年前から流行しているとのこと。
 僕はリメ缶・リメ瓶が流行する以前から、上記の牛乳瓶の他にも、空き缶や空き瓶を自室のインテリア雑貨として飾っています。
 たとえば、プリンの空瓶でキャンドル(ロウソク)を作ったり、下の写真にあるような数年前に販売終了となった「枕缶」やお菓子缶など。
 

 缶や瓶だけでなく、中古のリンゴ木箱をリメイクして、収納ケース代わりに再利用していることは、ブログで何度も話題として取り上げており、さしずめ「リメ箱」といったところでしょうか。箱は他にも、ウイスキーの空箱や日本酒の桐箱などを再利用しています。
 前回と今回の更新では、牛乳瓶のフタ(牛乳キャップ)から始まる話題を取り上げましたが、同じフタ繋がりで、僕がインテリア雑貨として飾っている炭酸飲料の王冠(瓶の栓)の話題のほうが良かったのかも。
 僕は今はお酒を飲まないので、ビールの王冠は持っておらず、惜しむらくは子どもの頃によく飲んでいたカルピスの王冠を手元に残して置かなかったこと。

vol.1540 牛乳瓶のフタ(牛乳キャップ)


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 小学生の頃、牛乳瓶のフタ(牛乳キャップ)を集めて、それを使い、メンコ遊びをしていました。
 

 メンコのことを当時は「ベッタン」と呼んでいたことを思い出しましたが、どうやら大阪(関西)だけらしく、この歳になるまで、知りませんでした。
 令和の小学生たちから見れば、メンコ遊びは何が面白いのだろうかと不思議がられるだろう。
 森永乳業は先月末で、牛乳などガラス瓶入りの宅配用全7商品の販売をやめたとのこと。
 やがては牛乳瓶を手にすることもなくなるのだろう。

vol.1539 2024(令和6)年の自家製緑茶の新茶作り


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 一昨年と昨年に続いて、今年も昨日、自分でお茶を作りました。
 下の写真は茶の木(チャノキ)で、木の枝先に新芽が芽吹いています。
 

 下の写真は自ら手摘みをした新芽です。
 

 下の写真は新芽を殺青(さっせい)した後、揉んだ茶葉です。
 

 下の写真は上の写真にある茶葉で淹れた緑茶(煎茶)で、今年の新茶を楽しみました。
  

 今年の新茶を飲んだところ、しっかりとした緑茶の味と香りが感じられ、出来上がりは昨年と同様に良かったように思いました(自画自賛で、恥ずかしい)。

vol.1538 尾張三地蔵霊場 後編


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 前回の更新(vol.1537)からの続きで、一昨日の午前中、尾張三地蔵霊場を巡拝しました。
 はじめに一番札所である瑞泉寺の身代り地蔵、次に三番札所である地蔵寺の子育て地蔵、最後に二番札所である常観寺のお釜地蔵を参拝しました。
 

 

 

 尾張三地蔵と書いてきたけれど、看板を読むと、「名鉄沿線尾張三地蔵の一つ」と記されており、堂宇の前に建つ石柱の右下にも「途中下車駅」と刻まれていました。
 さらに気になったのは、「尾張六地蔵の一つ」とありましたが、僕が以前に巡拝した尾張六地蔵霊場(1番・長光寺、2番・清浄寺、3番・地蔵院、4番・如意寺、5番・島田地蔵寺、6番・芳珠寺)とは違っています。
 江南市観光協会のサイトを読むと、以下のように記されていました。

 常観寺
 久昌寺の末寺で、境内の地蔵堂に鉄で造られた地蔵菩薩像「鋳鉄地蔵菩薩立像」(県指定文化財)で知られています。この地蔵には、煮えたぎる風呂釜から子供を救ったという伝説から通称お釜地蔵と呼ばれており、尾張六地蔵の第二番として信仰されています。

 看板やサイトに記されている尾張六地蔵とは何ぞやと思い、調べたところ、どうやら尾張國六地蔵と呼ぶらしく、1番・剣光寺(一宮市木曽川町)、2番・常観寺、3番・観聴寺(名古屋市熱田区)、4番・真長寺(犬山市)、5番・釜地蔵寺(愛西市)、6番・長光寺(稲沢市)となっていました。 
 6番・長光寺(稲沢市)は既に参拝済み(vol.1378、vol.1379)で、5番・釜地蔵寺について、愛西市のホームページ(史跡・文化財等)には、「約350年前に作られた、鋳鉄地蔵菩薩立像『釜地蔵』が安置されているお寺。県文化財にも指定され、尾張六地蔵の一つに数えられています」と記されていました。
 まだ巡拝していない尾張國六地蔵霊場の4箇寺も、いつかは参拝してみたいな、と。
 尾張三地蔵霊場の3箇寺を巡拝したはすが、最後は尾張六地蔵の話題となってしまいました。

vol.1537 尾張三地蔵霊場 中編


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 前回の更新(vol.1536)からの続きで、昨日の午前中、尾張三地蔵霊場を巡拝しました。
 はじめに犬山市へ行き、一番札所である瑞泉寺の身代り地蔵を参拝しました。
 

 

 

 身代り地蔵の堂宇は瑞泉寺というよりも、犬山成田山(大聖寺)の境内に建っているという印象で、犬山成田山には何度も参拝していますが、恥ずかしながら、身代り地蔵は今までスルーしていました。
 次に江南市へ向かい、順打ちにはこだわらず、三番札所である地蔵寺の子育て地蔵を参拝しました。
 

 

 

 境内を掃除されている檀家さんがいらしたので、地蔵寺について、いろいろとお話をお伺いしたところ、総代以下、皆、高齢で、新型コロナを機に春夏大祭も行われていない、とのこと。
 最後に同市内を走って、二番札所である常観寺のお釜地蔵を参拝しましたが、続きは次回の更新にて。

 以下は余談。
 地蔵寺が所蔵する円空仏は韋駄天像で、円空さんもここへ足を運んだのだろう(現在は永正寺寄託)。

 追記。
 後で気が付きましたが、地蔵寺は2013(平成25)年3月に既に参拝していました。当時とは山門等が変わっており、初めて足を運んだとばかり思っていました。

vol.1536 尾張三地蔵霊場 前編


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 昨年の一年間に巡った霊場は11霊場で、東海百観音(尾張三十三観音霊場・美濃西国三十三観音霊場、三河三十三観音霊場)、中濃八十八ヶ所霊場、関三弘法霊場、名古屋三弘法霊場、三河三弘法霊場、三河新四国霊場、三河三不動霊場、尾張六地蔵霊場、美濃新四国八十八ヶ所霊場、尾張三霊場でした(計386札所)。
 僕としては、(霊場を)あらかた巡り終えたかな、と考えていたのですが、過日、縁があって、下の写真にあるように「尾張三地蔵尊第三番霊場山尻地蔵寺」の御札を授かりました。
 

 地蔵寺の御札が僕の手元にあるということは、まだ参拝していない尾張三地蔵霊場の3箇寺を巡拝せよ、とのお告げとしか思えず、尾張三地蔵について調べたところ、江南市のホームページに以下のように記されていました。

 この地方で尾張三地蔵と称されるものは、瑞泉寺(犬山市)の身代り地蔵・地蔵寺(山尻)の子育て地蔵・常観寺(小折)のお釜地蔵で、安産と子育ての守り本尊として知られております。旧暦の正月24日と7月24日の地蔵まつりには、本尊の開帳行事に併せて提灯が境内一杯に灯り、参詣の人でにぎわいます。

 尾張三地蔵霊場は第一番・瑞泉寺の身代り地蔵、第二番・常観寺のお釜地蔵、第三番・地蔵寺の子育て地蔵と分かったことから、いざ、霊場巡拝へ。
 と、ここまで書いてきて、前置きが長くなってしまったことから、続きは次回の更新で。

 以下は余談。
 これからの未来、日本円が今よりももっと紙屑になっていくことは間違いないとして、個人としてどんな対策ができるのかを考えてみたけれど、いわゆる年収500万円以下の低所得者である僕にできることと言えば、せいぜいサバイバル能力を上げておくことぐらいだろうか。

vol.1535 円空賞受賞者宮本勉氏の陶芸作品「無題」


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 今から6年前のことになりますが、長谷川公茂先生に随行して、岐阜県美術館で行われている第9回円空大賞展を見に行きました(vol.8)。
 第9回円空大賞は円空大賞1名、円空賞4名が選ばれて、円空賞受賞者の1名が富山県出身の現代芸術家である宮本勉氏でした。
 長谷川公茂先生の選評を読むと、「宮本氏の作品は陶芸、木彫、レリーフ、紙粘土作品など多種多彩である。陶芸作品などは、粘土を板状に伸ばし丸め、土偶のようなものもあり、祈る人物もあり、また楽しそうに踊っているものもある 。しかしよく見ると花器のようでもあり、宇宙人が踊っている様子とでもいうか、不思議な造形になっている。(中略)どうやら宮本氏は自然に造形作品が次から次へと湧き出る、自由自在な精神の持ち主のようで、摩訶不思議な造形作家であると思う」と記されていました。
 以上、前置きが長くなりましたが、ここからが本題。
 宮本氏の口から「(作品が)思ったように売れない」と耳にした長谷川先生は「(作品を)私が買って庭に飾ります」ということで、作品が長谷川先生の家の庭を飾ることに。
 下の写真は長谷川先生が買い取った宮本氏の陶芸作品の内の1つで、「無題」です。
 

 第9回円空大賞から6年の歳月を経た今、昨夏に亡くなられた長谷川先生のご遺族の意向に沿って、先週末、『尾張名所図会』に描かれている由緒ある某所の庭へ長谷川先生が買い取った宮本勉氏の作品を置くことになりました。
 

 こうして無事に橋渡し役を終えられて、安堵しています。

vol.1534 スズメバチの巣は縁起物


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 一昨日、冬越しをしたコガタスズメバチの古い巣を見つけたことから、駆除しました。
 巣の駆除自体は大したことはなかったのですが、柵がない足場の不安な高い場所に営巣されていたことから、はしごを降りる際には体にロープを巻き付けたりと、高所が苦手な僕は冷や汗をかきました。
 駆除した後、巣を解体したところ、中からコガタスズメバチの死骸と一緒に別の虫の幼虫が何匹も出てきました。
 

 冬越しの古い巣については、働きバチがもういないということで、放置しても構わないと思われがちですが、次の巣作りの材料になることから、新たにハチを呼び寄せたり、古い巣が別の虫の住処になったりと、駆除する必要があります。
 下の写真は駆除した巣からさほど離れていない場所で見つけた新女王バチです。
 

 駆除したコガタスズメバチの巣は今回で5個となり、これまでと同様、僕の部屋のインテリアとして飾りたいと思いますが、家の者には気持ち悪いと不評です。

 以下は少し長い余談。
 僕は実年齢の割に若く見られたり、低姿勢だったりして、他人から下に見られたり、舐められることが多々あって、そうした人に対しては、面と向かって反論しないことから、最悪の場合、相手が強く出てきて、不当な個人攻撃を受けることがある。今現在も円空学会のK氏や木端の会のU氏、荒子の里協議会のN氏などから、そうした扱い(暴言を吐かれるなど)を受けているけれども、シスター渡辺和子さんは母親から「人間の大きさは、その人の心を乱す事がらの大きさなのだよ」と教えられ、この言葉を自分自身に言い聞かせて、平常心に立ち戻るとのこと。僕もシスターを見習い、そうした人に対して、怒りなどの感情を抑えて、平常心を取り戻している。

vol.1533 円空展の図録にサイン


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 少し前の更新(vol.1337、vol.1404、vol.1504)と関連した話題で、あべのハルカス美術館の円空展が終わって、昨日の午前中、貸与していた円空仏が無事に戻ってきました。
 例によって、図録を頂戴したことから、サインを書いていただきました。
 

 

 以下は余談。
 前回の更新(vol.1532)で書いたお花見は花筏になっていました。
 

vol.1532 一宮史談会と森徳一郎の遺稿集


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 昨年の春、一宮市博物館で開催された企画展「没後50年 郷土史家 森徳一郎 浅野研究から一宮市史へ」に併せて、尾張野文化研究会より発刊された森徳一郎先生の遺稿集『そら琴集』の話題を取り上げました(vol.1226、vol.1258)。
 同様の(森徳一郎先生の)遺稿集は一宮史談会より刊行されており、今まで話題として取り上げていなかったことから、書き記しておきたい。
 下の写真は昭和48年3月に発行された遺稿集1『続森吐句集』(一宮史談会叢書13)の表紙と「発刊のことば」です。
 

 

 

 下の写真は昭和53年3月に発行された遺稿集2『一宮石の華』(一宮史談会叢書15)の表紙と「発刊のことば」です。
 

 

 長谷川公茂先生が亡くなられて、森徳一郎先生を直接知る人がほとんどいなくなった今、こうして書いておくのは僕の役目かもしれません。
 尚、森徳一郎先生の著作は多数あるけれど、いずれも森先生が亡くなられた後、一宮市図書館に納められて、今も読むことができます。

 以下は余談。
 4月になってから、更新が1週間以上、滞ってしまい、お花見のネタは芸がないだろうと避けてきました。
 

 今日、4月8日は花祭り。