Vol.257 さよなら名古屋栄の中日ビル


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 今朝は春休みで遊びに来ている甥っ子と一緒に栄へ行きました。
 

 下の写真は今日で閉館となる中日ビルの建物内です。
 

 朝から冷たい風が強く吹いており、午後になってから、天気が急変して、一時的に雨が降った際、二重の虹を目にしました。
 下の写真がそれで、助手席に座っていた甥っ子が撮影。
 

 以下は余談。
 明日発表されるという新元号に「安」の字は使ってほしくない。権力者の苗字と「暗」を連想させるから。

Vol.256 贅沢なお花見を楽しんで


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 今朝はいつもより少し早く足を運んで、短い時間ながら、お花見を楽しみました。
 下の写真がそれで、『尾張名所図会』(前編 巻5 愛智郡)に記載されている由緒ある場所です。
 


 当時は藤棚でしたが、今は桜となっています。
 いずれにせよ、限られた人しか目にすることができないことから、贅沢なお花見に違いありません。

Vol.255 山谷省吾ほか編『増訂新版 新約聖書略解』(日本基督教団出版局)を読んで


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 数日前から、山谷省吾・高橋伊三郎・小川治郎編集『増訂新版 新約聖書略解』(日本基督教団出版局)を読んでいます。ただし、詳しすぎる注解は、かえって邪魔になることもあることを承知しつつ、読んでいます。
 なるほど、聖句(み言葉)に関して、自分勝手な解釈ではいけないと、よく言われる。もちろん、研究者や牧師様、先達のクリスチャンの声も大切で、教わることは実に多い。だからと言って、他人のそれを僕は鵜呑みにはしない。
 また、聖句(み言葉)の解釈に関しては、正しい、正しくない、といった議論は役に立たない。
 『聖書』を読み、聖霊の声を聞くのは自分自身の心である。分かりやすく言い換えると、自分自身の心で、聖霊の声に耳を傾けなければ意味がない。
 注解書を読んで、「木を見て森を見ず」とならないように。
 下の写真は『ヨハネによる福音書』第三章の、イエスとニコデモの対話とそれに続く小福音書(16節)の注解ページで、ごらんのとおり、僕の愛用している口語訳というのがミソです。
 


 以下は余談。
 イエス様を好きになった理由は、クリスチャンの口からよく言われる「十字架上で私たちのために死んでくださった」(『ローマ人への手紙』5;8)こともさることながら、僕としてはやっぱりイエス様が海の上を歩いたり、病人を癒やしたりといった奇蹟(しるし)を行ったことから、好きになったのだ(『ヨハネによる福音書』)。
 同じく『ロマ書』にある「神の義」がどうのこうのと言われても、僕には完全に理解はできない(できていない)。むしろ、使徒パウロの言葉をすべて理解しているという人がいたならば、会ってみたいくらいだ。
 とにもかくにも、イエス様の思いやりと先達のクリスチャンが僕を変えてくれたことには違いない。そのことに大いに感謝している。

Vol.254 田川建三著『書物としての新約聖書』(勁草書房)を読んで


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 田川建三著『書物としての新約聖書』(勁草書房)を過日(16日夕)から数回に分けて、今夕(25日)読み終えました。
 はじめに「序」を、次に第四章七(616ページ)から「後書き」まで目を通して、第一章から第四章六といった順番で読みました。
 いったい、なぜ、そんな不規則な読み方をしたのか。答えは既に(このブログの)過去の更新のあちらこちらに記されている。
 約700ページの本書の感想を逐一書くのは、いささか無理のあることなので、僕が最も勉強(参考)になったと感じた箇所だけに的を絞ると、174ページの補遺1から197ページの補遺4であった。
 下の写真はそれに該当する本書の目次です。
 

 著者の田川氏がこのブログを読まれるはずはないので、生意気なことを書かせてもらうと、「以上のようなさまざまな目的を追求したした結果、どうしても頁数がふくらむのを避けることができなかった(本書ⅷページ)」と記しておられるが、くどくどと書くよりも、もっと読者を信用すれば良かったのに、と思う。せっかくの素晴らしい内容が、かえって読者を遠ざける結果となっているのでは、と感じた。もっともこれは著者のせいではなく、勁草書房の編集者の責任かもしれない。

 以下は余談。
 ひょんなことがきっかけで、過日、伝道師らしき人の書いたブログに目を通した。
 さすがに素人の僕とは違って、当然ながら、キリスト教(『聖書』)に対する知識が比較にならない。凄いな、と思うと同時に、悔しいというか、僕の心の中に、いわゆる「負けた感」が残った。
 しかしながら、今は違う。
 マジック(手品)に種と仕掛けがあるように、ブログに綴られている伝道師らしき人の知識には、仕入元があることが分かったからだ。
 さらに当人はユニークさが売りらしいが、冷静に読めば、どこか上滑りしているようにしか感じられない。
 そして、み言葉の解釈は一つではないことに、遅まきながら、僕は気が付いた。そのときから、僕の心には晴れ間がのぞき、光が差してきた。
 信仰は知識(の量)ではない。他人と比較する必要もない。
 僕は僕の道を走っている。

 『ピリピ人への手紙』
 3章
 13 兄弟たちよ。わたしはすでに捕えたとは思っていない。ただこの一事を努めている。すなわち、後のものを忘れ、前のものに向かってからだを伸ばしつつ、
 14 目標を目ざして走り、キリスト・イエスにおいて上に召して下さる神の賞与を得ようと努めているのである。

Vol.253 聖書の学び(自習)


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 前回の更新(Vol.252)に関連した話題で、今日の午前中は清掃奉仕のボランティア活動に従事しました。
 午後には、一時間ほど部屋をお借りして、旧約聖書の自習。
 下の写真は使用したテキストです。
 

 文末になってしまいましたが、関係者の皆様には、部屋の使用許可等で、大変お世話になりました。この場を借りて、深くお礼申し上げます。

Vol.252 本ばかり読んでいると


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 渡辺和子著『人間としてどう生きるか』(PHP研究所)を数回に分けて、昨日、読み終えました。
 シスター渡辺和子さんの著作を数冊、読んだ中で、数回に分けて、目を通したのは、この本が初めてだろう。その理由は下の写真にある「まえがき」に記されていることに関係がある。
 

 今日は船本弘毅監修『図説 地図とあらすじで読む聖書』(青春出版社)を読みました。
 ただし、読みました、と言っても、正確には、第Ⅰ部 旧約聖書のページだけ。
 下の写真は目次で、第3章「約束の地を目指して」にある出エジプトのページが最も参考になりました。
 

 以前にも書きましたが、本ばかり読んでいてもダメで、行動することに意味があることから、明日はそうすることに。

Vol.251 小水力発電カード 佐布里分水口発電所(知多市)


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 少し前の更新(Vol.241、Vol.247)にて、公共配布カードの話題を取り上げました。
 以前と違って、今は機会があれば、収集するといった具合で、下の写真は偶々、ゲットした新規配布らしい小水力発電カードです。
 

 佐布里分水口発電所(知多市)のカードは数枚の余剰があることから、全国消防カードや水の恵みカードと同様、トレード(希望)します。